母を想う(3)

 母に会いに施設へ通い始めたころ、認知症に効果ありとする回想療法の本を読み、私のできる“回想”を中心とした語らいの時間を過ごすようにした。毎回、家にあったアルバムから昔の写真を用意し、子どものころから、娘時代、結婚、子育て時代の話を語ってもらった。中でも、娘時代に夢中になったダンスの話になると、目は輝き、実にうれしそうな笑顔を見せる。そして、親、兄弟姉妹の写真から、それぞれどんな人だったか、今はどうかなどを話題にして、変化の少ない施設での生活に変化、刺激を与えようとした。 しかし、それも初めの1年ぐらいで、認知機能はかなりのテンポで衰えていくのを感じた。記憶は次第に断片的になっていき、それが、その時々に別の記憶と結びついて、別の話になっていく。若くして癌で亡くなった知人が、77歳で亡くなったはずの父と入れ替わる。すると、父と早くに死別した母は、一人で苦労して私を育てたというストーリーになる。記憶の乗り換えは頻繁に起こる。初めは、その記憶の変更をむきになって訂正した。父は、「風呂場で亡くなった。」と。しかし、訂正された母は、ボーッとしてちょっとした混乱状態になる。その姿に何度かそのまま聞こうと我慢するのだが、ついつい記憶を正そうとしてしまった。 時は流れていつしか、私の中でも肩に力を入れず気楽に1時間を過ごそうと思うように変わってきた。“誤った記憶”にもそのままつき合って談笑し、楽しい思いが母の中に残ればいいんだと。聞こえの悪い右耳と反対の左側に座り、母の話にのって合図地を打ちながら過ごす。私の中にも気楽な時間が過ぎてゆく。さらに、記憶の衰えは進み、毎日の一連の行動の様子を繰り返すだけとなり、1時間に20回を超えるときもある。曰く、 「朝、(入所者同士で)一緒にいると、男の子(職員)がこうやって(手招きする様子)呼ぶから、1Fへ降りていき、あれ(運動機能維持回復用の器具)をやりながら待っている。その後、天気のいい日は施設の外を一緒に散歩する。」と。それは、毎日1回行われ、それは、私が「頼んでくれているからだと思った」 と言う話を繰り返す。時々、別の話題もよいかと親、兄弟姉妹などの話をするが、波もあり調子が悪いと父の名前さえ分からぬときも。認知機能は、穏やかなカーブを描きながら下降している。 私は、以前から息子と心理士の両方の目線で母の変化を目の当たりにしてきたが、このごろは特に息子として、母を見ることが多くなっていると感じる。すっかり白髪となり、しわ深くなった顔に手をやり髪をたくし上げてやり、冷たくなった手を温めてやる中で、母に温かい思いが残ればと思って時をともにしている。別れ際、母は寂しそうに「ありがとう!」と。「また、来る。」と言って、扉の外に私は出る。 



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