母を思う(4)

   一週間前に会った母は、いつもと変わらず笑顔で迎えてくれた。同じ場所で座って話すのに、その日は、いつになく話題が次から次へと新しいことへと移っていく。いつものパターン化された話はどこに置いてきたのか?知り合いになった人の話、亡くなった夫(私の父)の話と次々に。「今日は、頭がスッキリしている?」と尋ねたほどだった。それが、一週間たつと施設から「足がむくみ、心臓に水がたまり……。」と連絡が入り、慌てて母のもとへ飛んで行った。

 目の前の母は、顎の下が膨れ上がり、年取って痩せた小顔は以前の太ったときのようになっていた。話がしにくくちょっと動くだけでも息苦しい。早速病院へ向かい、病室に落ち着くまで5時間かかった。診察、検査を待っている間、母は「仕事があるのに悪いね!」と何度も何度も繰り返す。「分かった。もういい!」と言っても言い続ける。途中からは、何か話さないといられないかのように話し続ける。施設と違う病院の雰囲気に不安を感じたのか。やがて、疲れると「頭がボーッとしてる。」と。足腰はしっかりして歩いて入院となった。長時間待たされるのは私でも辛いのに、母にはもっとこたえたことだろう。

    夜8時、帰る私に、「暗いから気をつけて。」と。「明日、必ず来る!」と言って、振り切るように車に乗る。くたくたになって帰宅して床に就くが、すぐ目が覚める。私の無意識の部分が眠るのを許さない。母の兄弟姉妹の見舞いに行ったときとは比べものにならない、言葉にならない何かを感じる。うとうとしながら朝を迎える。

    翌日、入院グッズをそろえて病院へ向かう。ベッドには酸素吸入器をつけ、下も全部管になり、もう自分では動けない母が横たわっていた。前日よりも幾分か太ったかのように、むくみがさらに増していた。言葉は交わすがほとんどうつらうつらしている。その日の深夜も目が覚めた。前日よりさらに無意識の底からなにか“大きなもの”が湧き上がってくる。それを言葉で表現することができない。翌日の仕事もあり仕方なく導眠剤を飲む。

    仕事場に向かう地下鉄の中で、“大きなもの”それを言葉に置き換えようとする。それは、自分という存在を支えてくれた大地か。その大地が今、消え去ろうとしている……そんなことを感じているのか、分からない。ただ、悲しい感情も湧いてこないのに、涙があふれてくる。これが、私の「母を想う」やり方なのだろう。おりしも、4月から仕事を減らし自由に動ける時間が増えた。今は、一時でも多く、母の傍にいようと思っている。 



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